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AIRAG医療AIテクノロジー

RAG×医療AI:大規模言語モデルが変える医薬品情報の検索と活用

はじめに

「AIに医薬品の質問をしたら、もっともらしいけど間違った回答が返ってきた」——こんな経験はありませんか?

大規模言語モデル(LLM)は優れたテキスト生成能力を持つ一方、学習データに含まれない情報や最新情報については**ハルシネーション(事実に基づかない回答の生成)**を起こすことがあります。医療分野では、この問題は致命的です。

**RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)**は、この課題を解決する技術として注目されています。本記事では、RAGの仕組みと医療分野での活用事例を紹介します。


RAGとは何か

基本的な仕組み

RAGは、LLMの回答生成プロセスに外部データベースからの情報検索を組み込む手法です。

通常のLLM:
  質問 → LLM → 回答(学習データのみに基づく)

RAG:
  質問 → 関連文書の検索 → 検索結果 + 質問 → LLM → 回答(文書に基づく)

つまり、AIが回答を生成する前に、信頼できるデータベースから関連情報を検索し、その情報を参考にしながら回答を作成します。

なぜRAGが重要なのか

LLMの課題RAGによる解決
学習時点より新しい情報を知らない最新のデータベースから検索
ハルシネーション(嘘をつく)出典に基づいた回答を生成
専門分野の知識が浅い専門データベースで補完
回答の根拠が不明確参照元を提示できる

医療分野でのRAG活用事例

1. NYU Langone Health:研修医の学習支援

ニューヨーク大学ランゴン・ヘルスでは、研修医の教育を支援するRAGシステムを開発しました。

  • 毎晩、電子カルテのデータを処理
  • 関連する研究論文や診断のヒント、重要な臨床情報を抽出
  • 翌朝、各研修医にパーソナライズされた学習メールを配信

Llama-3.1-8Bモデルとオープンソースのベクトルデータベースを組み合わせた独自のエージェンティックAIで、コストを抑えながら高い精度を実現しています。

2. Apollo 24|7:臨床判断支援

インド最大のデジタルヘルスケアプラットフォームApollo 24|7は、Google Cloud上で臨床インテリジェンスエンジンを構築しています。

  • 匿名化された退院時臨床記録をナレッジベースとして活用
  • RAGにより、過去の類似症例に基づく臨床判断を支援
  • MedLM(Google の医療特化LLM)との組み合わせ

3. がん情報提供の精度向上

Preferred Networks社は、RAGを活用したがん情報提供チャットボットの研究を進めています。

  • 国立がん研究センターなどの信頼できる情報源をデータベース化
  • 患者や家族からの質問に対し、出典付きで正確な情報を提供
  • ハルシネーションを大幅に抑制

4. 中外製薬:社内文書検索

中外製薬では、RAGを活用したSOP(標準作業手順書)検索システムを構築しています。

  • 膨大な社内文書をベクトルデータベース化
  • 自然言語で質問するだけで関連SOPを検索・要約
  • 2025年度に本格展開予定

5. 医薬品用語マッピング

Yuimedi社と愛媛大学の共同研究では、LLMとRAGを活用した医薬品用語マッピング手法を開発しています。異なる医療情報システム間での用語の統一は、医療データの利活用において重要な課題です。


薬剤師業務への応用可能性

医薬品情報(DI)業務

薬剤師のDI(Drug Information)業務にRAGを活用すると、以下のことが可能になります。

添付文書の横断検索

「腎機能低下時に用量調整が必要なARBはどれか?」といった質問に対し、複数の添付文書を横断的に検索し、比較表として回答を生成できます。

相互作用チェックの高度化

薬物相互作用データベースとRAGを組み合わせることで、「この患者の処方に相互作用のリスクはあるか?」という質問に、エビデンスの出典付きで回答できます。

ガイドラインの検索

「高齢者の糖尿病治療における第一選択薬は?」といった質問に対し、最新のガイドラインから関連部分を抽出して回答を生成できます。

服薬指導の支援

患者向けの説明資料の作成や、よくある質問への回答テンプレートの生成に、RAGを活用できます。添付文書や患者向け指導箋の情報に基づいた、正確かつわかりやすい説明文が生成できます。

処方監査の精度向上

AIによる処方監査支援にRAGを組み込むことで、単なるルールベースのチェックではなく、ガイドラインや最新エビデンスに基づいた高度な監査が可能になります。


RAGの技術的なポイント

ベクトルデータベースとエンベディング

RAGのコアとなるのがベクトルデータベースです。文書をAIモデルでベクトル(数値の配列)に変換し、質問文のベクトルと意味的に近い文書を検索します。

キーワード検索とは異なり、意味的な類似性で検索できるため、用語が異なっていても関連する文書を見つけられます。

チャンキング(文書分割)

大きな文書をどのように分割するかが、RAGの精度に大きく影響します。添付文書であれば、「効能・効果」「用法・用量」「禁忌」などのセクションごとに分割するのが効果的です。

リランキング

検索結果の順位付けを再評価するリランキング技術も重要です。最新の研究では、**測地距離(Geodesic Distance)**を用いたリランキング手法(Maniscope)が提案されるなど、精度向上の取り組みが続いています。


注意すべきリスク

ハルシネーションは完全には防げない

RAGはハルシネーションのリスクを大幅に低減しますが、完全にゼロにはできません。検索された文書の解釈を誤ったり、文脈を取り違えたりする可能性は残ります。

医療分野では、AIの出力を必ず薬剤師や医師がレビューすることが不可欠です。

データの品質が回答の品質を決める

RAGの回答品質は、検索対象のデータベースの品質に依存します。古い情報、不正確な情報がデータベースに含まれていれば、回答の品質も低下します。

プライバシーとセキュリティ

医療データをRAGに使用する場合、個人情報の匿名化やアクセス制御は必須です。特に電子カルテデータの活用には、厳格なセキュリティ対策が求められます。


今後の展望

医療特化LLMの進化

Google の MedLM、Microsoft の BioGPT など、医療分野に特化したLLMの開発が進んでいます。これらのモデルとRAGを組み合わせることで、より高精度な医療AI が実現すると期待されます。

リアルタイムRAG

現在のRAGは事前にインデックス化された文書を検索しますが、リアルタイムのデータ(最新の副作用報告、供給状況など)をRAGに組み込む技術の開発も進んでいます。

マルチモーダルRAG

テキストだけでなく、画像(X線、CT)、表(検査結果)、グラフなどを含むマルチモーダルなRAGも研究が進んでおり、より包括的な臨床判断支援が可能になります。

AI News では、こうしたAI技術の最新動向を日々キュレーションしています。


まとめ

RAGは、LLMのハルシネーション問題を解決し、信頼できる情報に基づいた回答を生成するための重要な技術です。医療・製薬分野での活用事例は急速に増えており、薬剤師のDI業務や処方監査にも応用の余地が大きく広がっています。

AIの出力を鵜呑みにしない姿勢は維持しつつ、RAGのような技術を活用してより正確で効率的な薬学的サービスを提供する——それが、これからの薬剤師に求められるスキルのひとつです。


参考リンク